暗い山道。微かに聞こえる水の音。
空は曇っていて足元を照らしているのは俺達が持っているライト三つだけ。
「近くに川がありますね。」
「川よりも小屋とか無いか探そう。」
 春が近いとは言っても夜は寒い。野宿はキツイ。
「……どうした、レオン?」
 レオンは前を睨むように見つめている。
「気配が……ありませんね。」
「確かに物音一つしないな。」
「ええ、人はおろか動物の気配すらありません。」
 確かに静かだ。俺達の話してる声以外は聞こえてこない。
「考えてもしょうがない。行こう。」

 思ったより広い道幅。緩やかに下っていくと水音が近くなってくる。
「ユイン様、こっちに道がありますよ。」
 キカのライトが向けられた方は狭いが人が通れるほどの道がある。
上の方を照らしてみるが何も見えない。前は木や草が生えているが通れそうだ。
「こっち行ってみるか?」
 吹いてくる風がざわざわと音を立てる。
「慎重に進みましょう、嫌な予感がします。」
「レオンが言うと重みが違うな。」
 重くなりそうな空気を軽くしたかったんだが、
「ユイン君、ふざけないで。」
 レオンが先頭を歩く。
「怒られましたね。」
 キカが囁き俺の前を歩く。
「……。」
 いや、うん気にしてないけどさ……怒らなくてもいいだろ。

 細い山道を登ると、
「昼だと良い景色なんだろうな。」
 真っ暗な山頂。柵などは無さそうなんであんまり端に行くと落ちそうだ。
「あれ小屋じゃないですか?」
 レオンの持つライトが小屋らしきものを照らしている。
 近づいてみると、意外としっかりをした作りの小屋。
「ここで朝を待とう。」
「ですね、もうすぐ日付も変わりそうですし。」
 扉を開けて中を見る。中には誰も居ないが一晩を越すだけの用意はある。
「じゃ、お二人は休んでください。私は見張りをしてますので。」
「いいよ、お前が先に休め。荷物持って来るのは疲れただろう。」
「いえ、大丈夫です。」
「じゃ飯の用意をしてくれ、用意が出来るまで俺は見張り。分かったか。」
「……分かりました。じゃ飲み水を使う訳にはいかないので水を汲んできます。」
「あーいいよ。俺が行ってくる。」
 近くにあったバケツを取って小屋を出る。
「一人で大丈夫ですか?」
 レオンが付いて来ようとするが、
「大丈夫だよ。水汲みくらい一人で充分だ。」
 ライトを持ち来た道を戻る。てくてく歩き道を下り広い道に出る。
「本当に静かだな。川はこっちか。」
 微かに聞こえる水音だけ聞こえる。
音ははっきりと聞こえるが歩いてみると結構遠い。
何の気配も感じない。人が歩いた形跡も……まぁ、朝になったら追いつけるだろう。
 川の水がライトの光を反射する。暗闇の中で見ると中々に怖い。何か川から出てきそうだ。
なんて考えてると本当に出てきそうだから考えたくないんだが、一回そう思ってしまうと本当に何か出てきそうで……。困ったものだな。
今、俺の頭の中では見た事も無い化け物と大立ち回りを繰り広げている。
ま、それはさておき。さっさと水を汲もう。
バケツ一杯に水を汲み、さぁ戻ろうとした瞬間、白い顔をした人らしきものが、
「ばぁ!」
 声にならない叫び。そして視界が反転した。川に落ち冷たい水が俺を更に情けなくしてくれる。
聞こえるのは笑い声。ライトが無くても闇に浮かぶ白い姿は俺を指差しているのは分かる。
「そ、そんなに驚かなくても。くく、ダメお腹痛い。」
 まだ笑っているその顔は落ち着いて見れば見覚えのある顔。
ゼルドウェイクで<ラビット>と名乗った女。
「お前……何の用だ?」
「川に落ちてびしょ濡れで凄まれても……うぷ。」
「誰の所為だと思ってるんだ?」
 俺は川に落ちびしょ濡れだ。川から上がって風を敏感に感じる。
すごく寒いが今は怒りやら恥ずかしいやら情けないやらの感情が渦巻いている。
「あーこんなに笑ったのは久しぶり。そんなトコいると風邪ひくよ。ほら。」
 手を差し出してくる。どうするか考える。
「大丈夫よ、突き落としたりしないから。」
 とりあえず手を握り岸に上がる。
「こんなトコで何してるの?」
 バケツを放し剣を女に向ける。
両手を上げて戦意が無い事をアピールしているがこの女にそんなポーズは無意味。
「答えろ、何をしにここへ来た?」
 ラビットは笑顔を崩さない。
「ここの盗賊達にちょっと聞きたい事があったのよ。」
 その内容は聞いても答えないだろう。
「じゃあ、またね。」
 ラビットは切っ先を指で押し下げ歩いていった。
一人残された俺は目的である水汲みを終え小屋へと戻る。
「ちょユイン様、その格好は!?」
「早く脱いでください、乾かすので。」
 二人がかりで服を脱がされながら事情を説明した……。
「……パッフェ卿の仇がここに。」
「ああ、目的は知らんがな。」
 パッフェ卿を知らないレオンに事情を話す。

 どうにか乾いた服。若干縮んだような気がしないでもない。
「良い景色だな。」
 朝日に輝いた渓谷の朝。良く晴れてはいるがどこかおかしい。
空には雲一つない。良い天気で気持ちが良いのだが、
「どうしたレオン?」
 レオンは厳しい顔つき。
「どうかしたか?」
「いえ、何の気配も無いのが気になって。」
 珍しくキカも険しい顔をしている。
「気負うな。今の目的は討伐隊だ。」
「……分かってます。」
 さて、今日は討伐隊に追いつかないとな。
 当たり前だが、夜と昼では全然違う。
山道を下り細い道を抜け広い道に出る。
「随分来たと思うが……戦闘の形跡すら無いな。」
「というか空に鳥も飛んでないんですよ、ここ。」
 レオンの言葉に空を見上げる。
「あ〜、え?」
 確かに鳥の姿も見えない。
戦闘があったのなら地上にいる動物が離れるのは分かる。が、鳥まで消えるのか?
戦闘中なら分かるが今は戦闘は無いし気配すら無いのに。
「なんなんだ、ここは?」
辺りを見ても何の変哲もない山道が続いているだけ。
そして一つ気付いた事がある。
「カケラ……。」
 頷くレオン。
「おそらくこの辺りはカケラに支配されたのでしょう。」
「カケラってのはレオンに何か情報が入るんじゃないのか?」
「全てのカケラの居場所が分かっているわけでは無いのです。実際にその場所に行ってみないと分からないのがほとんでです。」
「じゃ、この辺りにも……?」
「急ごう。」
 頷く二人を連れて山道を進んでいく。

 道を下り進むと川に出る。
「橋は……向こうか。」
 橋の近くに向かう途中、声を聞いた。
「今のは?」
「何か……聞こえましたね。」
 三人耳を澄ます。流れる水の音が心地良いが、それに紛れて聞こえる声を聞き分ける。
微かに聞こえる声。
その方へと向かう。岩陰に居たのは、
「狼?」
 怪我をしているのか立ち上がろうとするがすぐにしゃがんでしまう。
「猟師の罠にでも引っかかったのか?」
 毛は白く体は小さいがその牙は鋭く小さな体からは戦意が満ちていた。
「少し待ってください。」
 レオンは手を狼に向ける。
「危ないぞ。」
「大丈夫です。」
 レオンは手を狼の傷口に向ける。狼はその手を噛もうとするがレオンの手はそれを気にする様子も無い。
見ているこっちがハラハラする。
「じっと……してて、ね。」
 狼の牙は徐々に収められ満ちていた敵意も感じなくなる。
「ふぅ、これで大丈夫よ。」
 狼は立ち上がり傷口を舐めている。その様子に驚く俺達。
「すごいな、回復も出来るのか?」
「いえ、私はまだまだ修行中ですので簡単な回復術しか使えません。高位になると複数人を同時にとか出来るようですけどね。」
「いや〜充分だろ。」
 狼はそのまま走り去る。
「治ったばかりなのに元気だな。」
 離れた所から狼はこっちを見ている。
「もう大丈夫そうですね。」
「だな、行くか。」
 俺達は橋を渡り、山道を登る。
そこには昨晩泊まった小屋より立派な建物が立ち並んでいるがある。
猟師の待機小屋には見えないから、
「盗賊達のアジトでしょか?」
「多分な。」
 その中でも一番大きい建物の中に入る。
ドアを開け中を確認。相変わらず気配が無い。まず俺とキカが入る。
壁を背にしてゆっくりと進む。大きな部屋や書斎、キッチンなどを調べるが誰も居ない。
一通り探索し玄関前に戻ってきた。
 戦闘があった形跡が無い。それはどこか俺達が通ってきた場所以外で行われたと推測できる。
しかし非戦闘員まで居ないとはどういう事だ? まぁこの集落に住む全員が戦闘に参加したという可能性もあるが。
「行き違い……て事は無いですね。」
「そうであったら笑い話で終わるんだが……う〜ん。」
 さっぱり分からん。情報が少ない。
「この先に行くしかないのか。」
 この集落の先、確か森だったはず。 
「森……に盗賊が逃げ込んで追ったのかもしれませんね。」
「その可能性の方が高そうだな。」
「この渓谷一帯に影響を与える事の出来る強い力を持ったカケラが関わっているかもしれません。」
 討伐隊に盗賊の消滅。カケラがそれに関わっているのならレオンは一人でも向かうだろう。
「乗りかかった船だ。行くか。」
 集落の先。聳える岩肌の向こうに広がる森へと視線を向ける。

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